京都アダルトサロン2021-01-20T14:51:18+09:00独自性と溢れる文化の集合体が新しい時代の扉を開くと勝手に思っている人のいーたいほーだいJUGEM妙心寺 みょうしんじhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1322008-11-24T18:17:13+09:002008-11-24T09:17:13Z2008-11-24T09:17:13Z《法堂の八方にらみ天井竜/明智風呂》
◆大型禅寺のスタンダード。
臨済宗最大派閥のわりに佇まいは普通。
しかし堂塔伽藍は禅寺の要素がだいたい揃っているので現存する寺院として内容を学びやすい。
臨済宗の五山(新旧とも)には入っていない。
★広大な境内に七堂...なむ&まおす臨済宗(禅宗のひとつ)
◆大型禅寺のスタンダード。
臨済宗最大派閥のわりに佇まいは普通。
しかし堂塔伽藍は禅寺の要素がだいたい揃っているので現存する寺院として内容を学びやすい。
臨済宗の五山(新旧とも)には入っていない。
★広大な境内に七堂伽藍が並び石畳道沿いに47の塔頭が並ぶ。
開山は無相大師(1360没)。
法堂の天井龍は狩野探幽作、日本最古の黄鐘調の梵鐘は国宝です。
明智風呂と呼ばれる「蒸し風呂」見学も拝観コースに入っています。
塔頭/退蔵院は瓢鮎図で有名ですが茶席横の枝垂れ桜の花付きが豪華で見応えあります。
塔頭/東林院は毎年6/中頃から沙羅双樹の鑑賞会が開かれ大勢の人が訪れます。
正法山/臨済宗妙心寺派総本山
]]>水無瀬神宮 みなせじんぐうhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1312008-11-24T18:12:57+09:002008-11-24T09:12:57Z2008-11-24T09:12:57Z《名水を求めてやって来る人の絶えない神宮》
◆境内の手前、参道正面の神門には社殿に祀られた名刀を盗みに入ろうとした時に残したという石川五右衛門の手形がある。
また、「日本名水100選」のひとつ「離宮の水」は神宮境内にあり、この名水を求めてやって来る人は日...なむ&まおす神社なので神道などの信仰
◆境内の手前、参道正面の神門には社殿に祀られた名刀を盗みに入ろうとした時に残したという石川五右衛門の手形がある。
また、「日本名水100選」のひとつ「離宮の水」は神宮境内にあり、この名水を求めてやって来る人は日々絶えない。
後鳥羽上皇の水無瀬離宮の跡地といわれる神宮。
国宝・紙本著色後鳥羽天皇像をはじめとする文化財の数々は一般には公開されていないが、国指定重要文化財の茶室・灯心亭(要予約)をはじめ、他にも見どころはいろいろ。
★環境庁認定の名水『離宮の水』が湧いておりたくさんの人が汲みに来ている。三帖台目の茶席『燈心亭』は要予約で毎月第二日曜に公開。
●神道
※元官幣大社
]]>万寿寺 まんじゅじhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1302008-11-04T20:01:47+09:002008-11-04T11:02:43Z2008-11-04T11:01:47Z《京都五山の第五位》
◆非公開寺院。こっそり中に入って手前の方だけ覗いてみたが建物や庭園には見るべきモノはないような…。
★京都市東山区本町にある臨済宗東福寺派の寺。
山号京城山。
1096年(永長1)白河上皇が皇女の菩提を弔うために、六条内裏に建立された...なむ&まおす臨済宗(禅宗のひとつ)
◆非公開寺院。こっそり中に入って手前の方だけ覗いてみたが建物や庭園には見るべきモノはないような…。
★京都市東山区本町にある臨済宗東福寺派の寺。
山号京城山。
1096年(永長1)白河上皇が皇女の菩提を弔うために、六条内裏に建立された六条御堂をその起源とする。
万寿寺通高倉にあって念仏道場として知られたが、鎌倉時代の正嘉年中(1257〜59)に覚空(十地坊)と弟子の湛照(慈一坊)が、東福寺開山円爾に帰依して禅寺万寿寺となし、1261年(弘長1)、湛照(禅僧の道号東山)が開堂を行って開山となった。
1340年(暦応3、興国1)、十刹に列せられ、1386年(至徳3、元中3),京都五山の五位に列せられ、以後近世に及んだ。
1434年(永享6)火災にかかり、再建はされたが寺運は衰微した。
たまたま東福寺塔頭の三聖(さんしょう)寺が開山(東山湛照)を同じくすることから、天正年間(1573〜92)現在地へ移転し三聖寺と併立したが、1873年(明治6)、三聖寺を併合して万寿寺が残り、現在にいたっている。
●京城山/臨済宗東福寺派・東福寺支院
※室町京都五大山第五位
]]>万福寺 まんぷくじhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1292008-08-20T17:43:06+09:002008-08-20T08:43:06Z2008-08-20T08:43:06Z《黄檗宗本山中国様式の大伽藍、普茶料理》
◆明代中国様式が垣間見えるちょっと変わった禅寺。
安置してある尊者や表に掲げてある額等の書を観よう。
天王殿や大雄宝殿は普通の禅寺にはなく大屋根の反り・総門の形・吊灯・額の書がチャイニーズ。
漢門・大雄宝殿に...なむ&まおすその他の宗派
◆明代中国様式が垣間見えるちょっと変わった禅寺。
安置してある尊者や表に掲げてある額等の書を観よう。
天王殿や大雄宝殿は普通の禅寺にはなく大屋根の反り・総門の形・吊灯・額の書がチャイニーズ。
漢門・大雄宝殿に大屋根の両端にある装飾瓦はワニ。
これを摩伽羅(まから)といい聖域結界の鎮守。
天王殿の方柱は高級洋材の材チーク。
蛇腹天井、円窓、桃戸・石條(参道)・祖師堂入り口は氷烈文の石畳(同じ形の石がない)等見るべきものが多い。
★トレードマークの魚梆(ぎょほう)かいぱんも印象的。
寛文元年(1661)中国/明より招かれた隠元隆?が建立した黄檗宗の総本山で以来13代まで中国より僧が招かれ日常会話も中国語が使われた。
明時代の中国様式で配置される伽藍に圧倒されます。
門前の普茶料理店/白雲庵が有名。
●黄檗山/黄檗宗
]]>曼殊院門跡 まんしゅいんもんぜきhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1282008-08-20T17:41:50+09:002008-08-20T08:41:50Z2008-08-20T08:41:50Z《紅葉の名所/幽霊の掛け軸/霧島ツツジ》
◆明るい渡り廊下を進んでいくと大書院前の美しい庭園が眼前に広がる。
限られた面積の中に立体感のある作庭で楽しい。
自分好みの建物内は一様に明るく雅やか。
富士型七宝焼きの釘隠や欄間の造作・襖の模様などは遊び心い...なむ&まおす天台宗
◆明るい渡り廊下を進んでいくと大書院前の美しい庭園が眼前に広がる。
限られた面積の中に立体感のある作庭で楽しい。
自分好みの建物内は一様に明るく雅やか。
富士型七宝焼きの釘隠や欄間の造作・襖の模様などは遊び心いっぱいの設え。
良尚法親王は多芸者らしく門跡のいいところが随所に現れている結構お勧めの一刹。
八窓軒茶室は別に¥1,000必要。
★良尚親王が明暦2年(1656)再建造営された門跡寺院、緑豊かな庭園の見事さに加えて寄棟造りの書院随所に見られる/瓢箪の引き手/富士の釘隠/縁の梟手水/など洗練された小物が素晴らしい寺院です。
曼殊院本と呼ばれる古今和歌集など国宝指定の書を多く所蔵する。
秋の紅葉と春の霧島ツツジの頃は一段と華やかな風情になります。
●天台宗
※天台宗五箇室門跡(ごかしつもんぜき)・三不動
]]>松尾大社 まつおたいしゃhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1272008-08-20T17:40:46+09:002008-08-20T08:40:46Z2008-08-20T08:40:46Z《お酒の神様/5月の山吹の花が見事です》
◆山門と本殿は立派、時々見る金剛力士の代わりのような平安壮士の像にもそれぞれ阿吽形がある。
松尾造といわれる屋根に注目、前後同じ長さの流れが特徴の屋根とてっぺんの箱棟を見ておきたい。拝観料を支払って入るほどでも...なむ&まおす神社なので神道などの信仰
◆山門と本殿は立派、時々見る金剛力士の代わりのような平安壮士の像にもそれぞれ阿吽形がある。
松尾造といわれる屋根に注目、前後同じ長さの流れが特徴の屋根とてっぺんの箱棟を見ておきたい。拝観料を支払って入るほどでもない庭園と紫陽花園、夏は冷房の利いた宝物館。
霊泉亀の井の水を汲みに来ている人がたくさんいたが水の出が細いのでかなり待たされている様子。
お酒の資料館なるものもある。
★平安遷都以前からの神社で平安期は賀茂神社と並び王城守護の社として大切にされていました室町以降は酒造の神として信仰を集める。
境内/亀ノ井の名水が酒に変わった逸話は有名です。
4月20日頃は境内の山吹が見頃となり大勢の見物人が訪れます。
●大社
]]>本能寺 ほんのうじhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1262008-08-05T09:13:39+09:002008-08-05T00:13:39Z2008-08-05T00:13:39Z《本能寺の変/当時の寺は1K西/石碑》
◆自刃当時は他の場所にあったらしいが後に現在の場所に移って信長の菩提寺となっていた(大徳寺塔頭の総見院 そうけんいん も秀吉が信長の菩提寺とした)。
宝物の三本足の蛙は後足が一本なのだがどうも右足に見える。
森蘭丸...なむ&まおすその他の宗派
◆自刃当時は他の場所にあったらしいが後に現在の場所に移って信長の菩提寺となっていた(大徳寺塔頭の総見院 そうけんいん も秀吉が信長の菩提寺とした)。
宝物の三本足の蛙は後足が一本なのだがどうも右足に見える。
森蘭丸の陣太刀が置いて合ったが野戦に使うにしても長すぎる。
また陣太刀は基本的に直刀と聞いていたがこれには反りもある。
説明をよく読むと合図の為となっていた。ちゃんと六つの堂塔がある。
本能時流生け花の本家でもある。
★現在の本能寺は京都市役所南側に有るが、本能寺の変時には西洞院蛸薬師付近(石碑)にあった、秀吉により当地に移転される。
●法華宗本門流大本山
]]>本圀寺 ほんこくじhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1252008-07-23T17:08:31+09:002008-07-23T08:08:31Z2008-07-23T08:08:31Z◆梵鐘も金剛力士も灯篭も鳥居も竜も本堂内仏像も金。
とにかく金のものが多い。
疎水沿いに南禅寺当たりまで歩いて行くとおもしろいかも。
★建長5年(1253)8月、日蓮大聖人が鎌倉松葉ヶ谷に構えた法華堂を始めとする。
弘長3年(1263)5月には大光山本国土妙寺として...なむ&まおす
とにかく金のものが多い。
疎水沿いに南禅寺当たりまで歩いて行くとおもしろいかも。
★建長5年(1253)8月、日蓮大聖人が鎌倉松葉ヶ谷に構えた法華堂を始めとする。
弘長3年(1263)5月には大光山本国土妙寺として創立された、宗門史上最初の祖跡寺院。
光厳天皇の勅諚を受けた四世日静聖人により、貞和元年(1345)3月に京都六条へ移遷。
現地、山科へ移ったのは昭和46年(1971)である。
●大光山/日蓮宗大本山
]]>法然院 ほうねんいんhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1242008-07-23T17:07:34+09:002008-07-23T08:07:34Z2008-07-23T08:07:34Z《茅葺の山門をくぐると、緑深い境内へ。両側には白い盛り砂の白砂壇 びゃくさだん》
◆石段を登っていくと薄暗い木立の中。
墓地を横に見ながらさらに茅葺きの門の向こうに明るい空間が覗く。
開放した門扉の四周が額縁のようになりまるで切り取って貼り付けたよう...なむ&まおす浄土宗
◆石段を登っていくと薄暗い木立の中。
墓地を横に見ながらさらに茅葺きの門の向こうに明るい空間が覗く。
開放した門扉の四周が額縁のようになりまるで切り取って貼り付けたようだ。
吸い込まれるように門をくぐってみると両側に季節の模様を描いた砂盛がある。
よく本やポスターに登場するので現物を見るとなんとなくうれしい。
手水鉢にびっしり着いた苔が印象的で池などはちょっとありがちな前庭の様子。
しかし掃除は行き届いており気持ちがいい。
実は特別拝観の部分に関心があり写真で見る限り茶席や庭園の様子は京都の数寄を感じさせる。
★茅葺き門を入ると左右に砂盛りが有り季節ごとに砂の模様が変わります。
法然上人が六時礼讃をつとめた処で境内に椿が多く古くから椿の名所です。
季節の花を須弥壇廻りに多数床に並べ仏のお勤めをします。
庭は自由に拝観出来ますが本坊内部は春/秋の特別拝観時しか上がれません。
●浄土宗捨世派大本山
※奥は特別公開
]]>宝泉院 ほうせんいんhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1232008-07-23T17:05:48+09:002008-07-23T08:05:48Z2008-07-23T08:05:48Z《血天井/五葉松/参道の紅葉が綺麗、抹茶付》
◆まず宝楽園(仏神岩雲海流水回遊花庭)なる庭園は枯山水で園治(えんや)という人が最近作庭したらしくやたらと象徴的で新興宗教を思わせる。
それぞれの場面がごちゃごちゃしていてくどい。
限られた面積に壮大なものを表...なむ&まおす天台宗
◆まず宝楽園(仏神岩雲海流水回遊花庭)なる庭園は枯山水で園治(えんや)という人が最近作庭したらしくやたらと象徴的で新興宗教を思わせる。
それぞれの場面がごちゃごちゃしていてくどい。
限られた面積に壮大なものを表現しようとしたのだろうがいささかやりすぎの感あり。
それに引き替え樹齢700年の五葉の松は曲がりくねった枝を持ち山のようにそびえていてインパクトがある。
茶席も二つあるが奥の方は見られない。
客殿の書院欄間の透かしはちょっと気に入った。
★書院は文亀2年(1502)の再建で血天井と呼ばれる天井板は元伏見桃山城の大広間床板を移したものです。
庭園の樹齢600年と言われる富士山形の五葉松が有名。
また書院窓越しの大原借景が素敵です。
●天台宗・魚山大原寺下院本堂勝林寺の僧院
※天台声明(てんだいしょうみょう)の根本道場
]]>芳春院 ほうしゅんいんhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1222008-07-23T17:03:52+09:002008-07-23T08:03:52Z2008-07-23T08:03:52Z《呑湖閣 どんこかく》
◆呑湖閣を観よう。
方丈南庭は平成の作。
大阪芸大の学長が作庭。
★大徳寺の塔頭のひとつで、通常は非公開。
加賀百万石を築いた前田利家の妻まつ(芳春院)が、前田家の菩提寺として慶長13年(1608)に建立。
創建当時の豪華な霊屋、枯...なむ&まおす臨済宗(禅宗のひとつ)
◆呑湖閣を観よう。
方丈南庭は平成の作。
大阪芸大の学長が作庭。
★大徳寺の塔頭のひとつで、通常は非公開。
加賀百万石を築いた前田利家の妻まつ(芳春院)が、前田家の菩提寺として慶長13年(1608)に建立。
創建当時の豪華な霊屋、枯山水の方丈庭園、楼閣を中心とした小堀遠州作の山水庭園などが見どころ。
楼閣は京都四閣のひとつで「呑湖閣(どんこかく)」といい、遥か比叡山の向こうにびわ湖を飲むという意味だそうです。
●臨済宗大徳寺派/大徳寺塔頭
※特別公開
]]>宝巌院 ほうごんいんhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1212008-07-23T17:02:22+09:002008-07-23T08:02:22Z2008-07-23T08:02:22Z《2002/3初公開、獅子吼の庭園/紅葉》
◆紅葉は見事。
苦海や獅子岩などの巨岩と庭園構成上色々の要素があるのに進むにつれ次の局面が見えてしまうのは少し感動が薄れてしまい残念。
しかし説法上の象徴的な場面が描いてあるのは浄土庭園と共通しており、いたしかたな...なむ&まおす臨済宗(禅宗のひとつ)
◆紅葉は見事。
苦海や獅子岩などの巨岩と庭園構成上色々の要素があるのに進むにつれ次の局面が見えてしまうのは少し感動が薄れてしまい残念。
しかし説法上の象徴的な場面が描いてあるのは浄土庭園と共通しており、いたしかたないことなのかも知れない。
★寛正2年(1461)聖仲永光禅師を開山に上京の地に創建され、幾たびかの変遷をへて現在の地に移る。
庭園は中心に獅子岩を配し紅葉に囲まれた回遊式庭園です。
庭園が整備され130年ぶりに一般公開されている。
●臨済宗天龍寺派/天龍寺塔頭
※特別公開
]]>法金剛院 ほうこんごういんhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1202008-06-18T19:36:39+09:002008-06-18T10:36:58Z2008-06-18T10:36:39Z《夏の蓮が有名です/JR花園駅前》
◆浄土式庭園の謙価版?
やたらとハス鉢が並べてある。
金堂の阿弥陀如来を見に行くと途中新建材でできた渡り廊下を通るので幻滅。
★平安時代/清原夏野の山荘を大治5年(1130)寺とする。
後の時代に荒廃するが円覚上人によって再...なむ&まおすその他の宗派
◆浄土式庭園の謙価版?
やたらとハス鉢が並べてある。
金堂の阿弥陀如来を見に行くと途中新建材でできた渡り廊下を通るので幻滅。
★平安時代/清原夏野の山荘を大治5年(1130)寺とする。
後の時代に荒廃するが円覚上人によって再興される。
寺の背後に有る山の姿を賞でて仁明天皇が従五位の位を授ける。
初夏の紫陽花と夏の蓮が有名。
●五位山/律宗
]]>宝筐院 ほうきょういんhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1192008-06-18T19:34:49+09:002008-06-18T10:35:35Z2008-06-18T10:34:49Z《足利義詮と小楠公の墓が有ります》
◆庭は素晴らしい。
入り口の雰囲気はちょっちしらけたかんじなので眼前に庭園が現れた瞬間は感動する。
紅葉もいいけど杉苔が最高。
観賞は行って返る直線的なものだが自分には見応え充分。
小寺ながら絶対観るべし。
★足利...なむ&まおす臨済宗(禅宗のひとつ)
◆庭は素晴らしい。
入り口の雰囲気はちょっちしらけたかんじなので眼前に庭園が現れた瞬間は感動する。
紅葉もいいけど杉苔が最高。
観賞は行って返る直線的なものだが自分には見応え充分。
小寺ながら絶対観るべし。
★足利幕府二代将軍、義詮の墓所で境内石畳の奥に南北朝の敵同士である義詮と楠正行の墓碑が並んで建つ。
竹と紅葉の素敵な庭園です。
●善入山/臨済宗天龍寺派
]]>芬陀院 ふんだいんhttp://namuandmaosu.jugem.jp/?eid=1182008-06-18T19:33:42+09:002008-06-18T10:33:42Z2008-06-18T10:33:42Z◆雪舟等楊の作庭と伝承される京都最古の枯山水は苔が綺麗で東庭は茶席の下地窓が丸窓となっていて趣を深いものにしている。
拝観できる茶席は二つあり東庭に面している図南亭は四畳半の明るいもの。
路地もそれなりで屑屋型の灯篭が一興を添えている。
縁側には庭園観...なむ&まおす臨済宗(禅宗のひとつ)
拝観できる茶席は二つあり東庭に面している図南亭は四畳半の明るいもの。
路地もそれなりで屑屋型の灯篭が一興を添えている。
縁側には庭園観賞用の座布団が置いてあり気配りが感じられる。
★雪舟作の庭で知られる芬陀院は、臨済宗東福寺の塔頭。
元亨年間(1321〜1324)に一条経通が父の菩提を弔うために創建して以来、一条家の菩提寺となっている。
庭は鶴亀が配された優美な苔庭で、亀石が夜毎動いたという伝説もある。
書院の背後にある茶室、図南亭(となんてい)は一条昭良(恵観)好みといわれ、恵観は茶関白といわれるほど茶道を愛した人。
躙口のない貴人好みの四畳半茶室で、昭和44年に復元された。
扁額は石川丈山の手によるもの。
曲玉の手水鉢も必見。
東庭は重森三玲が作庭した昭和の名庭。
●臨済宗東福寺派/東福寺塔頭
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