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万福寺 まんぷくじ
《黄檗宗本山中国様式の大伽藍、普茶料理》

◆明代中国様式が垣間見えるちょっと変わった禅寺。
安置してある尊者や表に掲げてある額等の書を観よう。
天王殿や大雄宝殿は普通の禅寺にはなく大屋根の反り・総門の形・吊灯・額の書がチャイニーズ。
漢門・大雄宝殿に大屋根の両端にある装飾瓦はワニ。
これを摩伽羅(まから)といい聖域結界の鎮守。
天王殿の方柱は高級洋材の材チーク。
蛇腹天井、円窓、桃戸・石條(参道)・祖師堂入り口は氷烈文の石畳(同じ形の石がない)等見るべきものが多い。

★トレードマークの魚梆(ぎょほう)かいぱんも印象的。
寛文元年(1661)中国/明より招かれた隠元隆が建立した黄檗宗の総本山で以来13代まで中国より僧が招かれ日常会話も中国語が使われた。
明時代の中国様式で配置される伽藍に圧倒されます。
門前の普茶料理店/白雲庵が有名。

●黄檗山/黄檗宗

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| なむ&まおす | その他の宗派 | 17:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
本能寺 ほんのうじ
《本能寺の変/当時の寺は1K西/石碑》

◆自刃当時は他の場所にあったらしいが後に現在の場所に移って信長の菩提寺となっていた(大徳寺塔頭の総見院 そうけんいん も秀吉が信長の菩提寺とした)。
宝物の三本足の蛙は後足が一本なのだがどうも右足に見える。
森蘭丸の陣太刀が置いて合ったが野戦に使うにしても長すぎる。
また陣太刀は基本的に直刀と聞いていたがこれには反りもある。
説明をよく読むと合図の為となっていた。ちゃんと六つの堂塔がある。
本能時流生け花の本家でもある。

★現在の本能寺は京都市役所南側に有るが、本能寺の変時には西洞院蛸薬師付近(石碑)にあった、秀吉により当地に移転される。

●法華宗本門流大本山

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法金剛院 ほうこんごういん
《夏の蓮が有名です/JR花園駅前》

◆浄土式庭園の謙価版?
やたらとハス鉢が並べてある。
金堂の阿弥陀如来を見に行くと途中新建材でできた渡り廊下を通るので幻滅。

★平安時代/清原夏野の山荘を大治5年(1130)寺とする。
後の時代に荒廃するが円覚上人によって再興される。
寺の背後に有る山の姿を賞でて仁明天皇が従五位の位を授ける。
初夏の紫陽花と夏の蓮が有名。

●五位山/律宗


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| なむ&まおす | その他の宗派 | 19:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
実相院 じっそういん
《黒光する床に写る、幽玄の紅葉観賞》

◆建物は四方から鉄や木で無数のつっかえがしてある。
床みどりも期待した程ではなくもうひとつ。周辺に精神・神経科の病院や収容施設・特養老人ホームがあり雰囲気があまりよくない。

★実相院/元は天台宗寺門派の門跡寺院で内裏の雅が残る寺院です。
黒光りする床に映す紅葉見物が楽しめ一味変わった紅葉の風情が味わえます。
「忍」の表装は御水尾天皇の直筆で他にも宮中関係の事物が多く展示されています。
近くに岩倉具視が幽閉されていた家が有ります時間が有る方はこちらにもお寄り下さい。

●岩倉山/単立寺院
| なむ&まおす | その他の宗派 | 03:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
鞍馬寺 くらまでら
《牛若丸/天狗伝説の有る寺》

◆貴船までの山道はいい。少し頑張って歩くことになるが、森林浴をしながら自然石の階段を行く。
ケーブルカーがあるが多宝塔まではできれば徒歩をお奨めする。
近辺で売っている山椒などの佃煮は凄く高い。

★宝亀元(770)年、鑑真和上の高弟、鑑禎上人が毘沙門天を祀る草庵を結ぶ(開山)。
延暦15(796)年、造東寺長官の藤原伊勢人が堂塔伽藍を整え、千手観音を併祀。
爾来、平安京守護、浄土教信仰、武人信仰と時代のニーズに応えながら、一方で福徳を授かる庶民信仰も盛ん。
江戸時代後期の火災と明治時代の神仏分離政策で打撃をうけ、長く衰亡の時代が続くが大正〜昭和初期に復興。昭和24年には立教開宗された鞍馬弘教の総本山となる。

●鞍馬弘教総本山
| なむ&まおす | その他の宗派 | 00:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
愛宕念仏寺 おたぎねんぶつじ
◆つまらん。
変な顔の石仏(羅漢さん)がやたら並べてあるが一体の大きさが化野念仏寺よりも大きい。
観音・釈迦像もちょっと変わった顔。

★もとは東山に建てられたと伝わる古刹で、平安初期に鴨川の洪水で堂宇が流失し、醍醐天皇が天台の僧、千観内供(せんかんないぐう)に再興させて比叡山の末寺となりました。
本尊は千手観音。
千観内供は世に念仏上人といわれ、この寺も愛宕念仏寺と称するようになったといいます。
現在地の奥嵯峨に移ったのは大正時代で、一般参拝者が奉納された千二百体の石の羅漢さんが迎えてくれます。本堂は鎌倉時代のもので重文。
ふれあい観音堂には前住職、西村公朝作の観音像が安置されています。

●宗派はよく調べてないので解らないが「念仏」と言うことは…??
| なむ&まおす | その他の宗派 | 00:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
阿弥陀寺 あみだじ
◆若狭街道から650m上にある山寺で下の入り口にある門の腰が漆喰塗りで目を引く。
建築や庭園は見るべきものがないが天然記念物の楓の大木(イロハモミジ)がある。
暗い巌窟もあり弾誓上人(だんせいしょうにん)が自ら望んで生きながら石龕(せきがん)に入り木乃伊(ミイラ)になったと言うからなかなか凄い。
本堂には木魚がたくさん置いてある。

★阿彌陀寺は17世紀の開山当時そのままに、いまだ霊域の趣を保つお寺です。
ちょっとしたハイキングコース並みの山を登り、まず目にするのは実相の滝。
静かに激しく落ちる滝の流れと空気の清々しさに、心も洗われるようです。
さらに登ると、天然記念物のイロハモミジの大木が。
樹齢は800年にものぼり、紅葉の名所・古知谷の中でももちろん最大。
幹に多数の支根が絡みつく特異な形状と合わせて、静寂の中に堂々とその根をおろしています。
生身にして阿彌陀佛の尊号を拝した弾誓上人がここを開基したのは1609年。
永住を望んだ大原の住人たちの願いを受けて、上人は自ら霊木を切り草刈鎌で自像を刻み、自身の頭髪を植えて本尊としました。
今もなお、ご本尊には上人の頭髪が残っています。
上人はその後、穀を断ち塩を断ち、松の実と皮を食べて体質を樹脂質化したのち、生きながら石棺の中に入りミイラ仏となられました。
現代のご時世では何かと物議をかもすミイラ事情ですが、ここ阿彌陀寺で石廟の前に立つと厳粛な気持ちを禁じ得ません。
●一流本山/如法念仏道場
古知谷は三千院拝観のついでに寄るといい。
| なむ&まおす | その他の宗派 | 06:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
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